深夜に始めてしまった初投稿-人との会話についてpart1-
経緯
自分はよく頭が様々な考えでいっぱいになる
そしてそれがついに限界を迎えたのか果たしてなんなのか
とにかく吐き出せる所を求めてここに行き着いてしまった。
しまった、と言っては色々と失礼なのだが、何度も頭に浮かびながらも踏み入れてはいなかった‘‘領域’’なるものに踏み込んでしまった的な、そんな心境である。
最近人と話すのが特に向いていない。
人が嫌いなわけではない。ただただ何を喋れば楽しくなるのかがわからない。人と話していて何も喋りたいことが出てこない。出てきたとしてもただの出来事報告。
話は少し遡るが、少し前から同性の友達と何を話せばいいのか、周りはどうしてそんなに話していて楽しそうなのか、こう思う以前の自分はどう楽しんでいたのか、正直わからなくなっている自分がいる。1番の親友とでさえ、若干怪しいほどに。
そしてそれはついに唯一例外であった異性のパートナーに対しても少しずつ現れるようになった。特にLINEは困る。付き合いはじめはちゃんと中身と面白さが伴っていたはずなのに、今では朝夜の挨拶やがんばれおつかれありがとうの繰り返し。それも平和で良いとも思うのだが、このままでは良くないとも感じる。このまま続ければ終わりが見えてくるような感じがするのだ。
そこで考えた。
人と人はどのような会話に楽しさを見出すのか
思いつくものを挙げるとすると、
・冗談を言い合う
・新しい知識、意見を交換する
・共感し合う
・自己顕示欲を満たす
といった所だろうか。
これは個人それぞれの感性に基づいて変わるのだろう。近年ずっと流行っている(?)MBTIで考えると若干わかりやすいのかもしれない。
共感より意見交換派である主はENTP-討論者-と一応診断されることが1番多い。(しかし実は一時期INFPであったなど、反対の側面も持つ)
だからなのか、平和で単調な報告LINEの魅力もわからなくはないものの、それをずっとは我慢ができないのかもしれない。
恋愛に常に新しい発見を求める
ここまで考えてきて改めてつい先ほど実感したが今の自身に足りないのは、新たな発見なのかもしれない。
それは主がパートナーに惹かれた理由にも関係するのだが、
要するに主は、「おもしれえ変わってる人間」にしか楽しさを見出せない人間なのだ、ということにこの考えは帰結する。
そう考えると非常に自分は悲しい人間だなと感じる。
なぜなら人間と関わっていると、どうしても、どんなにおもしれえ、と感じる人にでも、そんな自分とは違うおもしろさにどんどん慣れてしまう。
いや、人間誰しも深い部分はあるはずなのだから(あってほしい)、少し長くその人間と関わったからと言って、その全てが理解できている訳は無いはずである。それはわかっている。
人間は皆未知なのだから。
しかし、新しい一面を発見できる機会は、その人間に関われば関わるほど、減っていく。
最初はドーパミンが出放題であったのにどんどんその頻度が減少していく。
まあだからこそ世のカップルは、よくおすすめされているように、常に新しい体験をする、などをし、なんとか延命をしているのかもしれないが。
実際はそれが出来ない状況に来てしまう場合もあるし、今現在自分は多分この状況なのだろう。
というのは置いておいて、つまり結局はそれは延命でしか無いのでは無いのかと考えてしまうということである。
新しい発見や新しい世界をお互いが見せ合う頻度が減ってしまった関係性に未来はあるのだろうか
そういうことを考えていると今までの自分の人生のモチベーショングラフを就活で書いた時の事を思い出す。
モチベーショングラフとは、人生グラフとも言い、これまでの人生を振り返り、良かった時、悪かった時をグラフにして表現したものである。そして横軸に時間(年齢)、縦軸に満足度(モチベーションや、良かった/悪かった)を取り、曲線でその時の状況を表すのである。
※引用元→https://heart-quake.com/article.php?p=1260
主は、それを書いた際、新しい環境で知らない人と出会う際に必ずモチベーションが上がっており、良かった出来事として捉えられていた。
そして2、3年もするとその現状になんとなく面白さを見出せなくなっていくのか、モチベーションが下がっていくのである。
まあつまりは、先ほども書いたように、そういう事なのである。
主は新しい出会いをしたアドレナリン全開の時期が1番の最高潮なのである。
新しい出会いに億劫にならないということであるから良いことでもあるのだが、一方で非常に危ういと自分で感じる。
なぜなら自分は、新しい出会いばかりを求めたい、という訳では無いからだ。そしてその状況は自分自身が求めるものとはまた別であると感じるからである。
簡潔に理由を言う
だって疲れるじゃん??
とう訳だ。
だから本当に傲慢な話なのだが、
【長年一緒に居てもなお、新しい世界を見せてくれる人間】というものを私は求めているのだろう
これはもしかすると主の一生のテーマ(?)であり、また、自身も関わる相手にとってそんな人間になりたい、という【目標】なのかもしれないと感じた。
とまあよくわからん結論めいたことを言ってしまった。
まあとりあえずそろそろもう夜も遅いので、考えていたことを全然放出出来てはいないが、一旦寝ることにする。
最後に
議論は好きだが平和も好きな矛盾人間です。
これが主の考えのほんの一部の文章化であるとうのも理由の一つかもだが、そもそもが浅く拙いと感じた部分もあるだろうと思う。そこの所はどうぞ、初めてのブログなるもの、ということでお許しを。
ということでまた今度この続きの考えを書く。
ではまたいつか。
#日記